レンタルオフィスの魅力に迫る

ここにはかつてあったような民衆のイメージはもうありません。
縄文/弥生という二項対立が大衆的/貴族的にスライドするという階級論的な話にはなかなかつながらなくなる。
そこで、というわけではないでしょうけれど、藤森がみずから別の言い方を提出しました。
自派と赤派です。
自派は、洗練されて抽象的なタイプ。
たとえば、モダニズムのミース・ファン・アル・ローエや積文彦。
一方、赤派は、自然素材を好む、曲線的な造形。
後期のル・コルビュジェ、象設計集団、石山修武、そして藤森ですね。
これも、弥生と縄文の変奏といえるでしょう。
しかし、色の違いで命名されているだけなので、階級を連想させるものも消えています。
ただ、あえていえば、現代的な「下流社会」の方が、流動的なイメージに近いかもしれません。
弥生の系譜の行く末が、下流というのはなんとも皮肉ですが。
廃墟のイメージ、メタボリズムと人工地盤戦争と廃墟日本の二十世紀の建築史を考えるとき、ちょうど折り返し地点になる真ん中のところに太平洋戦争があって、激しい空襲を受けています。
大都市が焼け野原になったり、原子爆弾が落ちて、都市がまるごと消滅したりするという悲惨な空間体験が起きました。
もちろん震災もたえず日本の都市を襲ってきた。
震災というのは、日本の建築の深層に大きく働きかけるもので、ヨーロッパの様式建築と煉瓦造を模倣してつくっていたのが、濃尾地震や関東大震災では煉瓦造が簡単に崩壊したことから、耐震構造を独自に発達させる道を歩みはじめます。
本章では戦争に焦点を当てて、敗戦のときの風景が、磯崎新と黒川紀章と菊竹清訓の三人の建築家にたいし、どのような影響を与えたかを考えてみたいと思います。
まず、最初に磯崎新ですが、一九三一(昭和六)年生まれなので、敗戦のときは十四歳くらい。
世界の終わりを目撃する『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公シンジくんも、同じ年齢でした。
磯崎は、繰り返し自分の作品のなかで廃墟のモチーフを出すことで知られる建築家ですが、その起源というのは、やはり敗戦のときに見た廃墟の風景にあると思います。
ただ、一方で西洋建築の流れと戦略的に接続させている。
磯崎の示す廃墟というのは、ちょっと西洋的な廃墟を思わせるものがあります。
じっさい一九八三年に、ポストモダンの代表作とされる《つくばセンタービル》が竣工したとき、それが廃墟となった図を描いているのですが、これは一八三三年にジョン・ソーンが《バンク・オヴ・イングランド》を設計したとき、その廃墟のドローイングも制作した(一八三〇年に助手ジョゼフ・ガンディに描かせた《ポンペイ的な廃墟として描かれたバンク・オヴ・イングランドの断面透視図》など)ことの完全な反復といえるでしょう。
西洋的な廃墟というのは、ペンペン草も生えないような根こそぎゼロになったような状態ではなくて、すこし建物の形が残っていて、想像力を継ぎ木することで、ある程度復元された状態を思い浮かべられる。
こうした廃嘘への憧れは、西洋のロマン主義のなかで出てきました。
西洋では、古代ローマの遺跡が、そのように人びとの想像力を喚起していたのです。
ロマン主義というのは理性中心の古典主義へ対抗した議論の総称で、ここでは十八世紀末から十九世紀前半の思潮をイメージしていますが、磯崎の廃墟は、そうしたものに近い。
分裂した人格磯崎の場合、建設と破壊が対になっています。
じっさい建築をつくることは、まったく何もない敷地の場合を除けば、何かを壊してそこに新しく建てることなので、破壊をともなっているわけです。
よく考えてみると、建設と破壊は表裏一体のものです。
彼は、そうした関係性をひとつの人格のなかに抱えこんでいて、それを的確に著した有名なテキストが「都市破壊業KK」という初期に書かれた文章です。
これは、一九七一年に刊行された彼の最初の本『空間へ』に収録されているのですが、論文というよりも短編小説といったらいいでしょうか。
磯崎新は自分の名前の「新」を、音読みと訓読みの「シン」と「アラタ」の二つのキャラクターに分裂させて、アラタの方は都市計画家を演ドしていて、逆にシンの方は破壊業なのです。
都市を壊す方を生業にしている。
つまり、正反対の二人の登場人物が会話をするという形式で、「都市破壊業K.K.」なるものが紹介されます。
余談ですけれど、大江健三郎の小説『さようなら、私の本よ!』で、建築家が登場するのですが、磯崎新を労発させる人物でした。
都市をどう壊すかと考えているという話が出てくるのですが、それなどもおそらく元をたどると、「都市破壊業K.K」の系譜にもつながると思います。
「都市破壊業K.K.」は、その後の磯崎がやっていく仕事を予見しています。
彼のなかでは、すごく構築的な部分と、反対にシステムが暴走して制御不能になっていく、形がない、アモルフ(不定形)なものに向かう衝動が同居しています。
その両極端な二つに分裂した人格が、同じ人物に織りこまれている。
たとえば、彼の建築デザインは、単純明快な幾何学的な形態、球体だとかキューブだとかピラミッド形だとか、そういうプラトン立体(『ティマイオス』でプラトンが論じた五つの多面体)のようなものを組みあわせていく。
それはすごく構築的であるし、彼が大好きな古典主義建築の系譜にもつながる構築性をもっている。
その一方で、彼のプロジェクトでは、形のないものが時々出てきます。
たとえば、《醇化過程》二九六二)という有名なドローイングがあって、未来のメガス(「空間へ」より)トラクチャーとギリシア神殿の廃墟をコラージュしたものです。
つまり、未来と廃墟がいっしょになっている。
大きなコアになる柱があって、そこから水平に建物が連結していくという構築的なシステムを明快に示すものなのですが、一方で《僻化過程》をインスタレーションとして展覧会で見せたものは、むしろ制御できないものの方に傾く。
どういうものかというと、東京の航空写真に来場者がハンマーで釘を打っていく。
要するに、参加型のアートの変形ですが、先にいった空中都市のコアの部分を釘に見立てたものです。
来た人はデタラメに釘を打って、あとでそれらをワイヤーでぐるぐる巻きにして、最後は石膏で固めて作品にするという、偶発性のアートにもなっています。
釘と釘を結ぶワイヤーは、コア同士をつなぐ水平の構築物にあたります。
しかし、これは構築性というよりも、もはや制御できないデザインです。
他者がどんどん介入して、カオティックにどろどろに崩れていくようなものが呈示されている。
同じプロジェクトなのだけれども、その二面性が表現されています。
磯崎新は、丹下健三の都市プロジェクト《東京計画1960》に参加していましたが、《醇化過程》でも垂直のコアを並べながら、横に達結させて、空中にオフィスが展開するシステムを継承しているので、その批判として読めなくもない。
同じように、そういう二面性を明快に出すものとしでは、一九六八年、ミラノ・トリエンナーレ出展のインスタレーションである《エレクトリック・ラビリンス》のプロジェクトが挙げられます。
磯崎は丹下の下で、近代国家の祭典である大阪万博(一九七〇)のお祭り広場やデメ(人がなかに入って操縦するタイプのロボットとされた)も設計するのですが、そのカウンターとして《エレクトリック・ラビリンス》のインスタレーションを手がけました。

レンタルオフィス製作を承ります。レンタルオフィスに磨きをかけることができます。
レンタルオフィスの株が上昇しています。レンタルオフィスは常に絶対的なシェアを誇っています。
超豪華なレンタルオフィスにエントリーしてみませんか?今一番売れているレンタルオフィスです。